おはようございます!miekoです。
ちょっと前の話になりますが、日曜朝の「テレビ寺子屋」で心に残る話がありました。
講師は僧侶川村妙慶さん。
「自我」の「我」という漢字は人を刺している。
「自己」の「己」という漢字は「包」という漢字の中にあり、己を両手で包んでいる。
「自我」は人を傷付けることがあるけれど
「自己」は自分を包み込むこと。
「自我」の例として
ある進学校にいけ花を教えに行った時の事、
ある生徒が、バラをきれいにいけ終わると、花を首から切って花びらを1枚1枚むき出して観察が終わると隣の生徒に投げつけた。投げつけられた生徒は泣き出した。自分の心の真ん中にあることが他人の心を傷つけた。
「自己」の例として
20代男性から相談されたという話。
「私は病気で目が見えなくなってしまいます。どうしてこんな目に遭うのでしょうか。」
「あなたは目が見えなくなることを不幸だと決めつけている。その心は目が見えない人否定する事になる。」
その後この男性とは交流が続き、
「今日○○さんと飲みに行ったよ」「今日仕事でこんなことがあったよ」
メールが来たそうです。
その後亡くなりましたが、最期の言葉が
「妙慶さんを作ったのは誰だと思う?」
「誰って、両親でしょ。」
「妙慶さんを作ったのはお兄さんです。」
お兄さんは実家のお寺を継ぐことになった時にひきこもりになってしまい、仕方なく妙慶さんが僧侶になったそうです。
~今日のよかった~
病気も不幸な出来事も、自分をやさしく包み直して生きていきましょう、とおっしゃってました。
~1日1手話~
「我」右手人差し指で胸を指す。
=わたし