mieko-chan’s diary

陽転エデュケーターmiekoが日々のよかったや気づきを書いてます。

感染病と闘った日本人③〜よかったブログ812日目〜

おはようございます!miekoです。

 

またまた昨日の続き。

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青森の医者だった後藤新平が長与専斎の誘いで内務省衛生局に入った。

明治28年日清戦争に勝利した。兵士は衛生が悪く感染症にかかっていた。

政府は水際検疫計画を立てた。

3つの島で検疫することになった。

日清講和条約で帰還が早まった。

1か月で検疫所を完成させた。

入口から入って服を脱ぎ人を消毒している間に衣服消毒。

お風呂から上がって消毒済みの服を着て休む。

未消毒ゾーンと消毒済みゾーンをきっちり分けた。

これは海外に伝わりドイツ皇帝に賞賛された。

後藤新平は43日間寝床に入らなかった。28万人を検疫した。

「検疫は戦争です。兵士と同じ待遇を」

 

後藤新平(1857年~1929年)

 

緒方洪庵、長与専斎、後藤新平、3人のバトンで達成された衛生。

100年前にスゴイ人がいたと考える機会。

これからは国民安全保障。

世界に見てもらいたい3人の人物。

 

~今日の気づき~

重機の無い時代に1か月でスゴイ検疫所を完成させた当時の日本。

知らなかったー!

武漢の10日で完成させた専門病院を思い出しました。

中国の人達は知ってたのかなぁ?