mieko-chan’s diary

日々のよかったや気づきを書いてます。

叔父さんとの別れの朝、バスで~よかったブログ371日目~

おはようございます!miekoです。
 
お通夜はダンナと一緒だったので、連れて行ってもらいましたが
葬儀は私だけなので、心配したダンナが乗り換え案内で調べてくれました。
それをスマホ画面に登録して家を出ました。
 
バス停に着くと、もうバスが待っていました。
急いで飛び乗り、セーフ!
 
席に座ってスマホで確認すると、まだ発車時間前?あれっ??
 
3つ先のバス停に着いた時、人をかき分けかき分け運転席に行き、
「○○に行きますか?」
「それは後ろのバスです。」

見るとすぐ後ろにバスが付けている。
「え~!そんなにいっぱい出てるんですかー?」
「これどうぞ。」
乗り継ぎ券をくれた。
 
無事に乗り換え駅に着き、電車に乗ろうと歩いていると、
白い杖をついたおじさんが点字ブロックに乗ったり外れたり、
ふらふらしながら歩いている。
向こうからは歩きスマホのおにいさんが!!
「あのー、なにかお手伝いしましょうか?」
「○○行きのバス停に行きたいんですけど。」
見渡すと、目の前にあった。
「ここまっすぐです^^」
「ありがとうございました^^」
 
~今日のよかった~
声かけてよかった。
 
◎振り返るとこっちを見ている。
サングラスの奥の瞳が見送ってくれているように感じた。
 
~1日1手話~
白杖」右手拳の指側を下に向けて左右に振る。

(盲人が杖を使って歩く様子の表現)
 
 
 
 

叔父さんの思い出、私・大人編~よかったブログ370日目~

おはようございます!miekoです。
 
世話になったおじさんが亡くなりました。
 
私が厄年の頃、毎日元気に畑仕事をしていた祖母が寝たきりになりました。
ある日急に布団から起き上がれなくなったのです。
 
家で母が介護していたのですが、
うちの両親も畑が忙しいので
おじさんが毎週日曜日、手伝いに来てくれました。
 
朝早くに来て畑を手伝って
夕方、祖母を抱えてお風呂に入れ
「いい湯だな~♪」
と歌いながら背中を流してくれました。
 
それが4年半続き、祖母が亡くなった時は
一七日から七七日まで毎週来てくれました。
 
その後も毎週畑を手伝いに来てくれて
父と母が二人暮らしになり、仕事もずっと一緒の二人の間を取り持ってくれました。
「いつもこの作業をする時ケンカになるんだよ。」
なんて言いながら。
 
おじさんは、弟夫婦が後を継ぐまで、

10年位うちの実家を助けてくれました。
 
 
~今日の気づき~
人の気持ちがわかる人って、こういう人だ。
 
◎平日お勤めをして、たった1日の休みを実家のために使ってくれた。
こんないい人、他にいない。
 
~1日1手話~
「法事」両手掌を合わせ、拝むしぐさをし、

前に向けた両手人差し指を下へ下す。

(「拝む」と「行事」を組み合わせた表現)
 
 
 

叔父さんの思い出、私・引っ越し編~よかったブログ369日目~

おはようございます!miekoです。

 

世話になったおじさんが亡くなりました。

 

私が東京に出て来て2年後、弟も出てくるというので一緒に住むことにした。

寮の4人部屋から4畳半一間の下宿、今度は二間に台所と風呂まで付いている。

 

またおじさんが引っ越しを手伝ってくれた。

3つ下のいとこの弟を連れて来て、

「これで拭いてこい!」

と、押し入れの天袋に入って雑巾掛けまでしてくれた。

 

そのまた2年後、また引っ越しをした。

今度はおばさんも来てくれて、

「引っ越し蕎麦って言うけど、今はタオルがいいわよ。」

と、引っ越しの御挨拶の品を、初めて歩く商店街へ一緒に買いに行ってくれた。

(あれっ、私、お金払ったかな?)

 

3回も引っ越しを手伝ってもらった、というか全部やってもらった。

 

今、あの時のおじさんの年齢を超えた私、

こんな事を頼まれたら出来るだろうか。

 

~今日の気づき~

頼まれたら「やりますっ!」と言えるようになりたい。

 

◎運転が出来ないので引っ越しは無理だけど。

 

~1日1手話~

 「下宿」左手を斜めに立て、頭を傾げたこめかみに右手拳をあて、

残した左手の下で右手を引き寄せながら親指と4指をつまむ。

(寝泊まりする家を借りる様子の表現)

 

 

 

 

 

 

叔父さんの思い出、私・上京編~よかったブログ368日目~

おはようございます!miekoです。

 

世話になったおじさんが亡くなりました。

 

高校を卒業し東京の学校へ進学した私は、最初は寮生活をしました。

初めての都会暮らしと全国から集まった人たちとの暮らしは

毎日が新鮮で羽目を外してました。

1年後、寮を出て一人暮らしをする事になった時に、頼ったのがおじさんでした。

 

東京のおじさんが栃木の私の実家に行って、私の学習机と椅子をレンタルしたトラックに積み込んで渋谷の寮に迎えに来てくれ、私と布団を積んで世田谷の下宿に。

荷物を降ろして、家財道具が全く無い状況を見かねて、とりあえず生活に必要な電化製品を買いに秋葉原石丸電気に連れて行ってくれました。

 

冷蔵庫、炊飯器、トースター、照明を選んで店を出た頃には、外は薄暗くなっていて雪が降っていました。

「雪になっちゃったから、みえこちゃん電車で帰ってくれる?」

 

ご飯炊くのに必要だからと、炊飯器だけ手渡され秋葉原のホームのベンチにひとり座って電車を待っていた私は、寒くて、これからの一人での生活が心細くなっていったのを覚えている。

 

次の日曜日、おじさんは、残りの電化製品を運んでくれて設置までしてくれた。

 

~今日のよかった~

何から何までお世話になり、ありがとうございました。

 

◎そういえば、あの時買った電化製品のお金ってどうしたんだろう?

私は払った覚えがない!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叔父さんの思い出、私・幼少編~よかったブログ367日目~

おはようございます!miekoです。

 

子供の頃からお世話になったおじさんが亡くなりました。

 

東京のお菓子の問屋に勤めていたおじさんは、お正月と夏休みには

大きな段ボールに、お菓子をいーっぱい詰めて持ってきてくれました。

私は縁側で早く来ないかなぁ、とワクワクして待ってました。

 

3つ下のいとこを置いて大人たちは帰り、それに合わせて他のいとこもやってきて

同年代の5人の子供たちは、

お正月は凧揚げ、羽根つき、土手で芝滑り・・・

夏休みはスイカ割、川遊び、花火、蚊帳の中で大騒ぎ・・・

毎日朝から晩まで遊んで、楽しかったなぁ~。

 

休みが終わり大人たちが迎えに来た時は、さびしくて泣きだす子も。

 

~今日のよかった~

楽しい思い出を、いっぱい作ってくれてありがとう。

 

◎おじさんがいなかったら、こんな賑やかな、子供時代の思い出は無かったと思う。

 

~1日1手話~

「叔父」左手人差し指の指先で頬を撫で下し、立てた親指と小指を上げ、

左手を残し、右手中指を立てて下げる。

(親の弟の表現)

 

 

勾留生活で~よかったブログ366日目~

こんにちは!miekoです。

 

今朝「サワコの朝」を見ていたら

これは「陽転思考だ!」って思いました。

ゲストは、虚偽公文書行使容疑で逮捕された冤罪事件から10年

厚生労働省事務次官村木厚子さん。

164日間の勾留生活の様子を語ってくれました。

 

お風呂は15分。監視の人がストップウオッチを持って計っているそうです。

村木さんは時間を逆算してお湯を掛けるのは2回までと計算したそうです。

「清潔なお風呂で湯舟にもつかれるんです」と話してました。

 

食事も、ごはんにお味噌汁におかずが付いて

「うちのごはんより充実してる!」と思ったそうです。

「164日間の勾留生活でお肌がきれいになったんです。

麦飯がお肌によかったようです。」

 

~今日の気づき~

どんな状況でもいいことを探せるってスゴイ!

この能力があったからこそ、理不尽な取り調べにも屈しなかったんだろうな。

 

◎勾留生活の心の支えは、夫の家事能力と経済力だったそうです。

 

~1日1手話~

「麦」つまんだ左手2指の輪の中に右手人指指を置く。

 

潜在意識が~~よかったブログ365日目~

こんにちは!miekoです。

 

夏休みの宿題を優先してブログを書いてなかったら

すっかり元の自分に戻ってしまった。

ブログが書けなくなってしまったのだー。

 

宿題やってる最中は、

ああ、ブログ書きたい!

ああ、あのネタ書きたい!!

と、いろいろ浮かんでいたのですが、

書かない日々が続いてくると、

すっかり脳が、

ネタ集め出来ない、

書けない脳になってしまったのです。。。

 

今日、友人のブログ読んでたらその理由がわかりました。

それは「顕在意識」と「潜在意識」。

96パーセントを占めている潜在意識(本能的な欲求)が優位に立ってたんだわ。

https://ameblo.jp/jyu-son50/entry-12514226180.html

「宿題終わった!さあ、ブログ書くぞ!!」

と思っても、

「ブログよりビールだ!!!」

と潜在意識が勝ってたんだ。

 

~今日のよかった~

いいタイミングで目覚めさせてくれてありがとう!

 

◎てなわけで、ビール飲みながら徐々に顕在意識を呼び覚ましています(笑)